横浜子育てサポートシステムとは
「また来たよー!」
玄関の戸を叩く子どもの元気な声。
「よろしくお願いします。夕方に迎えに来るからね」と子どもを預けるお母さんの声。
お母さんが家を後にして間もなく、子どもがかける小さな足音が響き渡ります。
軽快な足取りからして、この家が子どもにとって楽しい遊び場、ひいては一つの居場所として認識されていることが伝わってきます。
私の母は、横浜子育てサポートシステムの提供会員として、有償ボランティアで子どもを自宅で預かる活動を行っています。横浜子育てサポートシステムは、子育て世代を対象に低額で子どもを預かるサービスを提供する横浜市の事業です。子どもを預かる提供会員と預ける利用会員を、市が指定した運営拠点のコーディネーターがマッチングします。提供会員は、運営拠点で研修を受けた市民が登録できる仕組みとなっており、筆者の母も登録を行い、自宅での預かりや習い事の送り迎え等の子育て支援を行っています。
活動の担い手の思い・やりがいという視点
母がこの活動を始めたきっかけは、自身の子育てを終えて人生のライフステージが変わる中で、自分が暮らしている地域とのつながりを築き、貢献することができる活動に取り組みたいという気持ちを抱いたことです。自宅での預かりの様子を目にする中で、子どもの世話をする母が忙しそうにしながらも、「新しい生きがい」を見出して、活力を得ていく姿が印象的でした。
その様子を見て、簡単なことではないはずの他者の子どもを預かり育てる活動に対して、自ら希望して参加する提供会員の思い・やりがいに関心を抱き、取材を行いたいと考えました。こうした背景のもと、本記事では、金沢区において横浜子育てサポートシステムの提供会員として活動する佐々木由記さん、運営事務局を担う横浜市金沢区地域子育て支援拠点「とことこ」施設長の安田みゆきさんにインタビューを行いました。

提供会員・佐々木さんの活動のステップ
今回、取材にご協力いただいた提供会員の佐々木さんは、当初は利用会員として横浜子育てサポートシステムに登録していました。近所に住む友人と子どもをお互いに預け合う中で、緊急時の対応やリスク面を考慮して、本システムの枠組みを利用して預け合いをすることを友人から提案され、ご自身も提供会員としての登録を行うことになりました。それをきっかけにさまざまな子どもを預かる経験を重ねていき、現在では20人ほどの預かり経験があると言います。
提供会員は希望に合わせて、とことこの拠点での預かりと提供会員自身や利用会員の自宅での預かりを選択することができます。佐々木さんはこれらのパターンを柔軟に使い分けてきたそうです。
「支援拠点での預かりは、とことこのスタッフさんが見守ってくれる中での活動になるので、始めたばかりの自分にとっても安心して参加することができました。ほかのご家庭のお子さんを預かることに対して、心理的なハードルを高く感じてしまう方もいると思いますが、スタッフさんたちの手厚いご支援があるので、いざやってみると安心してお子さんたちとのコミュニケーションを楽しむことができます」と佐々木さんは語ります。

とことこの支援拠点での預かりの経験を重ねたうえで、利用会員宅での預かりにも挑戦するようになっていきます。また、佐々木さんの提供会員としての活動は、ご自身のお子さんの子育ての時期と重なっていました。自宅で預かりをする際には、ご自身のお子さんと預かった子どもが一緒に遊び、学校とは異なる子ども同士のつながりが生まれたり、自分より小さな子に対する優しさを身につけたりする教育の効果も実感されたようです。
家庭的な雰囲気の中での預かり
このように自宅に迎え入れることで、預けられる子どもも安心して過ごすことができます。
「家庭的な雰囲気の中で預かりができることが、子育てサポートシステムの特長です。保護者と離れて過ごすことはお子さんにとって不安な出来事だと思いますが、提供会員の子どもと一緒に遊ぶことができる環境は、不安を緩和することに繋がると思います」と佐々木さんは語ります。
提供会員の登録者は、佐々木さんのような子育て現役世代から、シニア世代まで多世代に渡ります。「祖父母が遠方に住んでいて会う機会の少ない子どもも多く、地縁も希薄になっている中で、子どもが多様な世代の人々とふれあう機会になることも、子育てサポートシステムの醍醐味の一つです」と佐々木さんは言います。
ある高齢の提供会員さんは、自宅に畑を持っており、預かったお子さんにも農作業を体験してもらっているそうです。「利用会員さんがどのような家庭に預けたいかを必ずしも希望できるわけではないですが、提供会員それぞれの家庭に特色があって、預け先によって子どもが異なる体験の機会を得られることも面白い点だと思います」

佐々木さんが感じているやりがい
提供会員としての活動のやりがいについて伺うと、「卒業したお子さんや保護者の方と地域の中でまた出会えること」とお答えいただきました。佐々木さんは、利用会員が預かりサービスを利用しなくなることを「卒業」と表現されています。保護者の方に時間的・精神的な余裕ができて、子どもと過ごす時間を増やせるようになった状態であると前向きに捉えているようです。
「卒業していくことに寂しさも感じますが、地域の中やとことこの支援拠点で偶然お会いしてお子さんが成長した姿を見られると嬉しい気持ちになります」
横浜子育てサポートシステムにおいて、利用会員と提供会員は、可能な限り近隣に住む人同士を優先的にマッチングする仕組みとなっています。そのため、預かりサービスが終了した後も、地域の中で再会することのできる機会があり、長期に渡って子どもの成長を見守ることができるのです。
地域のつながりを紡ぎ直す仕組み
佐々木さんは、コロナ禍を経て保護者が学校に行く機会が減っており、その結果として保護者同士が関係を築くきっかけも限られ、自分だけで子育てをしているという意識を持っている人が増えているのではないかと懸念しています。そして、こうした状況下だからこそ、横浜子育てサポートシステムの取り組みは今後も重要性が高まっていくと考えています。
「地域で支える子育ては素晴らしいものだと思いますが、知らない人同士が協力して子育てをしようという意識を持つことはなかなか難しい現実があります。横浜子育てサポートシステムの仕組みがあることで、元々はお互いを知らなかった人と人とをつなぎ、協力して子育てをすることの後押しができると思います」
「未来に希望を抱けないから子どもを産まない」という選択をする若者がいる日本社会において、どのような地域であれば、人々が希望を持って子どもを産み育てたいと思えるようになるのか。こうした問題意識もあり、筆者は今回の取材に取り組みました。その答えは簡単には出せないものですが、佐々木さんのような温かい思いを持つ人が地域にいること、そのような思いを実践的な活動に反映することのできる仕組みが整備されていることには希望を感じられます。
地域のコミュニティのあり方が変化する中で、知らない人同士が自然と手を取り合い、子育てを助け合うことにはたしかに高いハードルがあると思います。「システム」という言葉は無機質に響くかもしれませんが、横浜子育てサポートシステムは、子どもたちを温かく見守り育てる地域のつながりを紡ぎ直す仕組みとしての可能性に満ちていると佐々木さんのお話を通して感じました。
地域子育て支援拠点とことこによる手厚いサポート
「地域で支える子育て」が理想的なものであったとしても、子どもの命を預かることの責任が大きいことは事実です。ほかの家庭の子どもを預かる活動に挑戦したい気持ちがあっても、なかなか踏み出せない人がいるのは当然のことだと思います。
佐々木さんへのインタビューの中でも言及されましたが、こうした思いを持つ提供会員の挑戦をサポートする運営事務局を横浜市金沢区地域子育て支援拠点とことこが担っています。この記事を読んで提供会員としての活動に関心を持ってくださった読者の方の「あと一歩」を後押ししたいと考え、とことこの施設長である安田さんにもお話を伺いました。
とことこには、横浜子育てサポートシステムの金沢区における事業の全体管理を担う安田さんに加えて、コーディネーターが常駐しています。コーディネーターは提供会員と利用会員の間に立って、事前打ち合わせや預かりのルールの整理等の調整を行います。
「利用会員さんの希望、提供会員さんのキャパシティを踏まえて、双方が納得して合意できる預かりの形を調整するのがコーディネーターの役割です」と安田さんは言います。提供会員が子どもとのコミュニケーションに集中することができるよう、コーディネーターが側面的な支援を行う体制が構築されているのです。
また、子どもを預かる上では、子どもの健康や発達に関する基礎的な知識が必要になりますが、これらのインプットをサポートする研修会や勉強会をとことこが開催しています。研修会や勉強会の中では、核家族化や地縁の希薄化が進む中で子どもを育てる親が孤立しやすい傾向にあることや、デジタル技術の発展が子育てや学校教育にもたらしている影響等、子育てに関する最新の動向についても学ぶことができます。
こうした学習のサポートに加えて、経験が浅い中での預かりに不安がある提供会員に対しては、佐々木さんも経験されたように支援拠点での預かりから自宅での預かりへのステップを踏むことを安田さんは推奨しています。このように、未経験者でも安心して子育て支援に参加することができる環境が整備されています。
担い手の持続的な確保が仕組みを支える
横浜子育てサポートシステムの取り組みを継続していくうえでの課題についても安田さんに伺いました。現在抱えている最大の課題として、安田さんは提供会員の持続的な確保を挙げています。2024年11月時点で利用会員と提供会員の比率は、おおよそ4対1となっており、一人の提供会員が複数の子どもの預かりを担当するケースが増えていると言います。
安田さんによると、提供会員としての活動に興味を持って話を聞きに来てくれる人たちの中にも、子どもの命を預かることへの責任感から活動に参加することにためらいを感じる人がいるようです。しかしながら、そのような責任感を持つ人にこそ、地域で子育てを支える取り組みの主体としての活躍を安田さんは期待しています。
「子どもの命を預かることの重みはたしかにあります。ただ、子どもの成長を共に見守ることはそれを上回るかけがえのない取り組みだと思います。温かい思いを持つ方が提供会員となって安心して活動することができるよう、その実践をサポートすることがとことこの役割です」
担い手確保の課題がある一方で、子どもを預けていた利用会員が、利用会員と提供会員を兼ねる両方会員へと移行する動きもあるようです。両方会員は、自身の子育てが落ち着いた際に、自分自身が助けてもらった経験を踏まえて、現在サポートを必要としている方の子育てを支援したいという気持ちを持って活動に参加する人が多いようです。
このような好循環に期待しつつ、新たに子育てサポートシステムの活動を知り、担い手となってくれる人を増やしていきたいと安田さんは考えています。
最後に、提供会員に挑戦したいと考えている方へのメッセージを安田さんからいただきました。
「提供会員さんに求める要件は、子どもが好きなこと。人が好きなこと。それに尽きます。とことこが責任を持ってバックアップするので、地域で子どもを育てる活動に関心を持っている方には勇気を持ってチャレンジしていただきたいです」

取材を終えて
他者をケアする活動には、表面的には「支援する側/される側」という対照的な関係があるように見えます。しかしながら、実態としては活動の担い手自身も他者をケアすることを通して、精神的な充足を得たり、親密な人間関係を形成したりと、自らがケアされている側面もあると思います。筆者自身も金沢区の子ども食堂でのボランティア経験を通じてこうした感触を抱いていましたが、佐々木さんと安田さんの語りにふれることで、横浜子育てサポートシステムの活動にもこのような特徴が認められることを痛感しました。
提供会員として活躍されている方々には、使命感や地域貢献の意識が備わっていると思います。加えて、活動を通して自身もケアを享受することができるからこそ、子どもの命を預かる責任を引き受けることができる側面もあるのかもしれません。
他者をいたわる営みを通して、自分自身も癒されていく。そのような活躍の場が金沢区にはあります。
写真・文:渡邉武瑠
Information
金沢区地域子育て支援拠点 とことこ
横浜市金沢区能見台東5-6
http://www.tokotoko-kanazawa.jp/
横浜市地域子育て支援拠点サイト(横浜子育てサポートシステム)
https://kosodatekyoten.city.yokohama.lg.jp/csm