「八景市場」と「こずみのANNEX」
「こずみのANNEX」の「小泉(こずみ)」の名は、30年ほど前まで釜利谷東一丁目一帯で使われていた「小泉住宅」という地名に由来します。さらにさかのぼると「小泉」の名称は歌川広重も称賛して描いた絶景の「金沢八景」の一つ「小泉夜雨」にあり、わびさび深い風景をもつ地であったといわれています。「ANNEX」は「離れ」という意味。「こずみのANNEX」は学生のシェアハウスでもあり、さらにこの町の「離れ」や「リビング」のように多くの方が親しむ場となっています。
リノベーションの設計を手がけるのは藤原真名美さんと、藤原さんの夫の関東学院大学建築・環境学部准教授の酒谷粋将先生。プロジェクトメンバーに名を連ねるのは、酒谷先生の研究室の学生、オーナーの平野健太郎さん、平野さんのお父様の平野芳範さんらです。みんなで一緒に活用の方法を考え、その考えをもとに酒谷先生と藤原さんが設計をされています。工務店の工事もお願いしつつ、DIYでできることはみんなで手がけてきました。藤原さんは酒谷先生と設計事務所を主宰し、3歳の息子さんと三人で「八景市場」という事務所兼賃貸住宅で暮らしています。この「八景市場」は「地域を盛り上げるアパートメント」というコンセプトでつくられ、近隣の住民も使用できるシェアラウンジや庭を設けています。ここに来ると初めて出会った人ともの会話が弾むような、心地よい一角となっています。
藤原さんが釜利谷東へ引っ越してきたのは3年前。当時、息子さんは生後3カ月でした。赤ちゃんとの生活はとても大変ななか、さらに初めての街での暮らしは不安も多かったと思われます。けれども藤原さんは「八景市場」の暮らしを通じて近所の方などと広く地域のみなさんとつながっていきました。藤原さんは、「ここ(八景市場)の暮しはご近所さん同士仲良くて、街のみなさんとも知り合え、暮らしやすいです」と話します。実は「こずみのANNEX」ができたのは、この「八景市場」でのおしゃべりがきっかけでした。
地域の魅力と人が集まったマルシェ「ENJOY LOCAL!八景市場」
2020年秋。八景市場で「ENJOY LOCAL!八景市場」というマルシェが開催されました。アパートのオーナーの平野健太郎さんや藤原さん、酒谷先生、学生のみなさん、近隣の和菓子屋さんや、お肉屋さん、ビールのお店までもたくさんの方々が主体となって開催されたマルシェは2,000人を超える来場者がありました。
出店されたお店は売り切れ続出!酒谷先生自ら、店舗へ品物を補充するために和菓子屋さんの店舗と何度も自転車で行き来したほどです。平野さん親子も近隣の住民も、地域の賑わいを久しぶりに体感しました。
マルシェの会場の一角に、木造住宅の模型とパネルが置かれていました。この模型が「こずみのANNEX」です。
展示されていた模型には、「みんなで集まれるような場所にしたい」「実がなる植物がほしい」「道端からちょこっと座れるような縁側がほしいな」など、近隣の住民のみなさんと一緒に考えた楽しそうな案がたくさん記されていました。来場者のみなさんも「おもしろそう!」「楽しみだね!」「あ!たま(ペットの猫)がいたらいいなって書いてある!」と模型を指さしながら、空き家の活用が楽しみな様子でした。
空き家の調査のつもりが、さっそくDIY
たくさんの人の期待をもって「こずみのANNEX」のプロジェクトが2020年秋から具体的に始まりました。この空き家は平野健太郎さんのお祖父さんが住んでいた家。住まい手がいないまま10年以上、空き家になっていました。
平野健太郎さんと酒谷先生・藤原さんで「ENJOY LOCAL!八景市場」のイベントの打合せ中、この空き家の話題が出たところ、酒谷先生と藤原さんは「空き家にしているのはもったいない!」と、空き家活用のプロジェクトが始まったのです。
まずは藤原さん、酒谷先生や研究室の学生のみなさんが空き家の現地調査に行きました。柱や梁、壁、水回りの状況を確認してまわるうちに、「この壁を解体して、一つの部屋にしてみたらどうかな」「天井をあけて、大きく空間をひろげたらどうかな」と、構想が膨らみました。
そしてこの空き家を地域のみなさんに開こうと、オーナーの平野さん親子や町内会のみなさん、酒谷研究室の学生らとともに令和3年度のヨコハマ市民まち普請事業へ申請。結果、「八景市場ANNEX-自らつくり,つながる場所(食卓八景-つながりのリビングをつくる会)【金沢区】」として空き家の活用事業が採択されました。
地域のみなさんと大賑わいのアイディアワークショップ
翌年の春から夏には、藤原さん、酒谷先生、酒谷研究室の学生が「こずみのANNEX」の活用について、自由に話し、模型を楽しくつくるワークショップを開催しました。町内会のみなさんや、近所の子どもから大人まで老若男女が大勢集まり、大変な盛り上がりでした。お祭りなども自粛しているこの街にとって、久しぶりの賑わいです。
7月の暑い夏の日に迎えたワークショップの最終回。これまでのアイディアの一部を実現し、窓を新たにつくり、大きな縁側や下屋も発泡スチロールで仮設置しました。「実がなる植物がほしい」というアイディアは、壁に茂るゴーヤの葉や黄色い花となって夏空の下で輝いていました。
これまでのワークショップで得られたみなさんのアイディアをもとに、藤原さん、酒谷先生、研究室の学生のみなさんで実施設計をし、2023年の春の完成にむけてさらに工事が進みました。
「こずみのANNEX」からひろがる街の笑顔
現在「こずみのANNEX」は工事を進めながら数名の学生が暮らし、学生と子どもたちのワークショップで賑わったり、近所の整体師の方が施術を行う心落ち着く整体の場となったりと、賑やかな場も静かな落ち着く場も兼ねる街の「離れ」となっています。
空き家が地域のみんなにとって「集う場」へ変貌し、そして懸命に励む学生の存在はこの街の活力となっています。「地域で暮らし、活動をすることは、学生の成長を大きく促していると思います」と藤原さん。その活動が心地よい流れをこの街へ生み出しています。街の笑顔を生む「こずみのANNEX」、これからの成長も楽しみです。
2023年3月25日の雨の小泉
春の雨の日、「こずみのANNEX」の完成をお披露目するイベントが開催されました。大きな窓から覗く雨の風景は「小泉夜雨」の思わせるほどの、風情豊かな姿でした。こずみのANNEXからみるこの街の姿は、雨の日も、晴れの日も、四季折々の姿を味わい深く感じられる場となることと思います。かつてのうたわれた「金沢八景」の風景が令和の時代に学生や近所のみなさんの手で空き家から生まれました。こずみのANNEXからひろがる、新たな景色がとても楽しみです。
写真・文=中川ちあき
Infomation
こずみのANNNEX
金沢区釜利谷東1丁目19-11
https://lit.link/hakkeiichibaannex
この記事について
この記事は、取材の仕方や文章の書き方、写真撮影のコツを学ぶ「金沢区の魅力発見・発信講座」の受講者が、区民目線で実際に取材・執筆したものです。