吉野 昌有さん
三田 重雄さん

理科が好きな子どもたちを育てたい

――この活動を始めた発端は何ですか?

吉野さん:たんけん工房は、20年以上前から活動をしているのですが、設立趣意書に次のようなことが書かれています。


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子どもたちの学習意欲の低下や、特に理科離れが一層広がりつつあることなどが、心配されています。この原因の一つである学校教育という制度の中での改善が必要である事はいうまでもありませんが、その解決の方向の一つに、課外の学習の場作り「体験を通じて、科学の面白さに触れる」「遊びを通じて、かつ感動を通じて、学ぶことの楽しさに触れる」ことができるような地域での「理科教育の場づくり」があります。(おもしろ科学たんけん工房 設立趣意書から抜粋)
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理科というのは、本来は子どもたちに人気のある科目なんですが、小学校の高学年や中学校になると人気がなくなって、高校に行くとさらに、その傾向が進んで最終的に理系の大学に行く人はもっと少なくなってしまうという状況になっています。

小学校の低学年は教室で先生の話を聞くことが中心ですが、3年生、4年生になると野外に出て植物を育てるとか、理科室に行って実験するなどの授業が増えます。最初は好きでも、やっていくうちに理科の授業についていけなくなって嫌いになってしまう子どもが多いのです。

なぜ、そのようなことになるかと言うと、国語とか社会という科目は、どちらかと言うと聞いて覚えることが中心の授業ですが、理科は、覚えるだけでなく自分で考えないと前に進めないのです。今の子どもたちはネットで何でも調べられますので知識はありますが、自分の頭で考える力が不足しているのではないかと思います。

「たんけん工房」は、子どもたちに考える力を身に付けてもらうために、学校の授業とは違ったスタイルで理科が好きな子どもたちを育てていきたいと考えています。

――「おもしろ科学たんけん工房」という名前の由来はなんですか?

吉野さん:子どもたちに、とにかく、面白い体験をしてもらいたいということで「おもしろ」という言葉を入れました。それを自分で探してみるという「たんけん(探検)」という言葉が入っています。人から言われるのではなく、自分で気がついて学んでいくことが長続きする秘訣だと思います。「たんけん工房」のシンボルマークは「?」ですが、子どもたちに、なぜだろう、どうしてだろう、と考えてもらいたいという願いが込められています。

手を動かして自分で考える

――何歳ぐらいの子どもたちを対象にしているのですか?

吉野さん:小学校で理科の授業は3年生から始まりますが、興味が出てくるのは4年生ぐらいなので、その頃に自分で考える力が付けば理解が進むのではないかと思っています。そのような理由で小学校4年生から中学校2年生を対象にしています。 今は、インターネットが発達していますので、YouTubeなどに、いろんな実験動画が上がっていますが、実際に動画通りに作って動くかどうかは別なのです。今日の体験塾の工作でもそうでしたが、言われたとおりに作っても、羽根車の中心にあるスナップボタンを針先で支えている太陽熱風車がうまく回るとは限らないのです。その時に、何で動かないのだろうと考えてもらいたいのです。いろいろ試してみて、ちょっと向きを斜めにするとか、羽根を曲げるとか、自分なりに実験をしながら手を動かすことで考える力が身につくのではないかと思います。

太陽熱風車の羽根車を体温で回す実験
工作風景

――体験塾はどのような所でやっているのですか?

吉野さん:知り合いの先生のご紹介で、最初は藤沢市の湘南台高校の教室をお借りしてスタートしました。その後に横浜でも始まり、今では川崎や横須賀まで広がって25以上の会場になっています。金沢区では、八景コミュニティハウスと富岡コミュニティハウスの2会場で体験塾を開催しています。

会場の八景コミュニティハウス

飛行機やヘリコプターなどの体験塾は、教室だけでなく体育館とかグランドなど広いところで飛ばすスペースが必要ですので、場所の確保が大変です。電車などの公共機関で通いにくい子どもたちのために、自転車で通える範囲の場所で体験塾を開催することを心がけています。

神奈川県内での開催エリア
ヘリコプターの体験塾

――参加する子どもたちはどのように募集しているのでしょうか?

吉野さん:体験塾を開催する会場周辺の近くの小学校に体験塾の案内チラシを持参して、校長先生のご了解をいただいて配布しています。参加申し込みは、案内チラシの申込書を郵送かFAXで送る方法と、2002に開設したホームページでできますが、最近はホームページのアクセスが増えて、そちらからの申し込みがほとんどになっています。

体験塾の案内チラシ

――どのような体験塾があるのでしょうか?

吉野さん:体験塾の内容は多岐に渡っています。工作が中心の「手づくり理科工作」、科学の原理を知る「おもしろ科学実験」、野外で生き物を観察する「ふしぎの自然観察」など、約70のテーマを用意して全体で年間150回を超える体験塾を開催しています。

モーター
ヘロンの噴水
セミの羽化の観察

――何人くらいのスタッフで活動をしているのですか?

吉野さん:現在、たんけん工房で活動しているメンバーは、藤沢、横浜、川崎、横須賀で200名を超えました。金沢区で活動しているスタッフは20名くらいです。

12〜24人くらいの子どもたちに来てもらって毎月、土曜日の午後に体験塾をやっています。これ以外に小学校や地域のコミュニティハウスなどの施設に呼ばれて請負でやるケースもあります。内容的には体験塾とほぼ同じですが、「出前塾」と呼んでいます。地域の出前塾は、子どもたちが休みの夏季休暇や5月の連休などに実施することが多いです。地区センターのお祭りなどのイベントで、5分くらいで出来る簡単な工作を教えることもあります。

講師の交流の場「全体交流会」と「アイテム交換会」

――講師の養成はどのようにしているのですか?

吉野さん:横浜市と藤沢市で、それぞれの教育委員会の後援事業の認定をもらって講師の養成講座を開催しています。養成講座は、たんけん工房の講師を養成するだけでなく、他の場所でも理科や科学を教えることができるボランティアを育てるという目的もあります。

講師を養成する体験講座

活動の地域が広くなって、たんけん工房のメンバーが増えましたので、講師同士の懇親を深めるために文化祭のような全体交流会という催しを年に1回やっています。こんなことを考えていますと試作品を発表したり、体験塾について話し合ったりしています。父兄の方や学校の先生もお誘いしています。

全体交流会

もう一つは、アイテム交換会という集まりを隔月でやっています。体験塾のテーマを考える時、その種になりそうなものを「アイテム」と呼んでいます。工作の試作品や素材、説明のための実験装置、体験塾のシナリオなどのアイテムを提案し合う場です。発表されたアイテムを参考にして講師が独自にアレンジして常に体験塾のテーマをリニューアルしています。同じテーマでも、半年前と今では内容が違っていることもあります。

工作の試作品が溜まってしまうのが悩みのタネ

――体験塾で苦労している点はなんですか?

吉野さん:材料費を安くするということに苦労しています。工作や実験で使う材料などは工夫して、誰でも買える100均の商品をよく使っています。ペットボトルやキャップ、廃棄するCDなども使っています。キットを買えばよいのですが、ちょっとしたキットでも数千円になってしまいます。体験塾の参加費は、500円から高くて1,000円ですから、市販のキットを買ったのではやっていけませんし、思い通りの面白い工作や実験が出来ないのです。

風力車

三田さん:私が困っているのは、家に試作品などがいっぱい溜まってしまうことです。工作や実験用の部品作りのために台所のテーブルの三分の一を使っていますし、体験塾をやるたびに工作の材料が増えて、わが家の子ども部屋や物置が占領されています。いつか使えると思うと捨てられないという私の性格もあるのですが……。

講師になる人が減ってきているのも悩みの一つです。最近は、定年退職しても再雇用で働く人が多くてボランティア活動をする人が少なくなっています。最近はメンバーに女性が増えていますので、体験塾全体をまとめる女性の主任講師が増えてくれると良いと思っています。

――たんけん工房をやってきて良かったことは何ですか?

吉野さん:体験塾のアンケートに、こんなことを初めて知った、体験塾に参加できて楽しかったという子どもたちの感想が載っていると、やって良かったと思います。また、体験塾が気に入って2回、3回と来てくれるリピーターが増えると嬉しいです。

三田さん:マニアックな子どもに会えることも嬉しいですね。先日、横須賀の体験塾の船の工作のために、東京の勝鬨橋の近くから来ている子どもがいました。船が好きなんでしょうね。何かを始める時に、こういう「好き」という動機づけは重要ですね。また、ボランティアで活動しているたくさんの人たちと知り合えること、子どもたちと遊べることが良いですね。一人でやっていても面白くないんです。たくさんの人と協力してやるから面白いんです。たまには、ぶつかることもありますが、みんなとやっていると楽しいですよ。

体験塾の様子

とにかく子どもたちに楽しんでもらいたい

――今後、どのような活動をしていきたいですか?

吉野さん:今までは原則として4年生から中学2年生の子どもたちを対象にしていましたが、今度は、1年生から3年生の低学年向けに体験塾をやろうと考えています。教科に理科が入ってくる前から理科的なものに興味を持ってもらおうと、学校の放課後キッズクラブなどに通っている子どもたちを対象に何かやろうと検討しています。

三田さん:私は、レコードの体験塾をやりたいと思っています。昔あったソノシートのようにクリアファイルなどを材料にしたレコード盤に声を録音して、子どもたちが自分でレコードを作って再生できるようになったら面白いなあと思います。回転をどうするか、長い時間、針をどう動かし続けるかで頭を悩ませています。

――たんけん工房が果たす役割は何だと思いますか?

吉野さん:将来、理科や科学の方面に進んで研究したり技術を探求したりする人たちを増やしていくことが役割だと考えています。今の教育が、そのような子どもたちを育てるようになっているのかを心配しています。だからこそ我々のような活動が必要なのではないかと感じます。

三田さん:子どもたちに何かを気づかせるということが重要だと思います。いろいろなことを知っているだけでなく、良いこと悪いこと物事のいろいろなことに気づいてくれる子どもになって欲しいと思います。これは理科だけではなくて全てのことに言えるのではないかと思います。

――子どもたちにメッセージをお願いします。

吉野さん:科学という言葉に興味を持ってもらいたい。何か見つけたら何でだろうと考えてもらいたい。スマホは指でタッチすると動きますよね。これは、どんな原理で動くのだろうと考えてもらいたい。当たり前を当たり前で見過ごさないで、原点に戻って何でだろうと不思議に思ってもらいたいです。

三田さん:とにかく、子どもたちに楽しんでもらいたいです。楽しむことが最も重要です。楽しんで疑問に思ったら調べればいいし、欲しいものがあれば自分で作ればいいのです。子どもたちには、ケガのない範囲で自由にやって楽しんでもらいたい。これからも体験、実験中心が良いのかなあと思っています。

太陽熱風車の体験塾

取材を終えて

お二人のお話をお聞きして、理科を教えているスタッフの人たちも子どもたちからエネルギーをもらって生き生きと楽しんでやっていることが分かりました。実際に「たんけん工房」の体験塾を見学させていただき、2時間半という長時間でしたが子どもたちは興味津々、みんな目をキラキラと輝かせて工作づくりに夢中になっていました。

体験塾に来ている子どもたちの中から、将来、地球温暖化を解決したり、未知のウイルスを退治するワクチンを開発したりする人たちが出てきてくれれば良いなと思い取材を終えました。これからも、このすばらしい活動を続けていただきたいと思います。

写真・文=廣瀬隆夫

Information

認定NPO法人 おもしろ科学たんけん工房

【ホームページ】 https://tankenkobo.com/