こどもホスピスとはどのような場所か

うみとそらのおうちでは、看護師や保育士といった専門スタッフが見守り寄り添う中、自宅や病院では体験できないアクティブな遊びや学びを子どもたちが堪能しています。そもそもこどもホスピスとはどのような場所なのでしょうか。その定義についてはさまざまな議論があり統一的な見解は確認できませんが、田川さんにとっては「小児緩和ケアの実践の場」であるといいます。

「こどもホスピスで行われる小児緩和ケアにはいくつかの特徴があります。その対象は病気とともに生きる子どもに限らず、家族全体の生活への支援が含まれます。また、アプローチとしては、身体的なケアにとどまらず、子どもやその家族の精神面での支援までを担います。さらには、ケアの期間は、家族が子どもを亡くした後の時間にまで及びます」

このように、こどもホスピスは、いわゆる「看取りの場」ではなく、病気とともに生きる子どもとその家族の全体的な「生」を支える場としての役割を担っています。

豊かな自然に包まれた金沢区のこどもホスピス

それでは、うみとそらのおうちは、どのような経緯で金沢区において設立されたのでしょうか。ご自身もお子さんを亡くされた経験を持つ田川さんは、「病気とともにある子どもとその家族を支えたい」という思いで、横浜小児ホスピス設立準備委員会を2014年に立ち上げました。そして、2015年に実施された金沢区内の市有地の再活用に関する市場調査の際に、こどもホスピスの設立を横浜市に提案しました。この提案を受けて、横浜市医療局が立ち上げ支援を表明し、市有地を無償貸与することが決まったそうです。

NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト代表理事 田川尚登さん

数ある候補地の中で調整がなされて、現在の立地に落ち着いたとのことですが、「こどもホスピスは病院ではありません。子どもや家族が病気のことを忘れて過ごせる環境であることが大切です」と田川さんが語るように、周囲の自然環境を楽しめるように考慮した設計となっています。侍従川の河口に位置する同ホスピスでは、庭から釣り糸を垂らしてハゼ釣りをしたり、近隣の野島公園に家族と出かけて潮干狩りをしたりと、子どもたちが自然体験を楽しんでいます。豊かな海に包まれて子どもたちの命が輝く、まさに「別荘みたいなおうち」です。

うみとそらのおうちの窓を泳ぐ魚たち

地域の誇りとしてのこどもホスピスへ

地域住民や行政との連携によって運営されている同ホスピスですが、活動のさらなる周知という点において田川さんは課題意識を持っています。

「病気とともにある子どもたちも日々成長しており、その成長を支える場がこどもホスピスであるとより広く周知していくことが課題であると考えて情報発信に取り組んでいます。このようなこどもホスピスのあり方への理解が、活動を支援してくれる担い手の確保や、利用者である子どもや家族が安心して過ごせる環境づくりにつながると思います」

天井が高く開放的なうみとそらのおうち

今後の展望について伺うと、同ホスピスの設立前に、ドイツのデュッセルドルフのこどもホスピスへ視察に行った際の印象深いエピソードを教えてくださいました。道端にいた地元の子どもに田川さんがホスピスの場所を訪ねると、その場所を正確に知っていることはもとより、「デュッセルドルフのこどもホスピスは僕たちの街の誇りなんだ!」と胸を張って紹介してくれたのだといいます。欧米諸国ではキリスト教のチャリティ文化の支えもあり、地域住民や企業の寄付によって多くのこどもホスピスの運営費が賄われているようです。

この出来事から衝撃を受けた田川さんは、地域の子どもたちを起点としてこどもホスピスを地域社会に浸透させていくことの重要性に気づかされたのです。「こどもホスピスの存在にふれた子どもたちは、病気を抱える子どもに対して自分が何をできるかを考え実践しながら成長していくことでしょう。その結果としてこどもホスピスがある街は、他者を思いやれるやさしい地域になっていくのではないでしょうか」と期待を込めて語ります。

子どもたちの目に映るうみとそらのおうち

「まずは金沢区の子どもたちに知ってもらうことを通して、地域の誇りとしてのこどもホスピスをつくっていきたい」と話す田川さん。その思いのもと、近隣の小学校との連携による講演会・見学会や、うみとそらのおうちを地域に開く多様なイベントが実施されています。

2023年11月21日に開所2周年を迎えた同ホスピスですが、その記念イベントが11月21日から23日の期間で実施されました。イベントの中では、利用者の子どもたちやその家族がうみとそらのおうちで過ごしている様子を切り取った数々の写真が展示されていました。自分たちの写真を見にやって来た利用者の方々が、まるで親戚が集う実家に”帰省”してきたかのように見えること、また、彼らを迎え入れるスタッフの方々の温かな表情や声色が印象的でした。

子どもたちの思い出が壁を彩る

そして、見学者の中には地域住民の姿も見られました。案内係のボランティアスタッフの方にお話を伺ったところ、こどもホスピスに興味を持っていたものの、なかなか訪れる機会のなかった方々が数多く今回のイベントに足を運んでいるといいます。写真の展示や利用者の子どもたちが共に書き記したアルバム、大きなお風呂などを見て回る見学者たち。その中には、見慣れない大きなブランコを興味深く見つめる子どもたちの姿も見られました。彼らの目には、ただ何か面白い遊びができそうなところとしてこの場所が映っているのかもしれません。たとえそうであったとしても、彼らにとってありのままのこどもホスピスの姿にふれることができているのではないかと感じました。

障がいや病気の有無に関わらず皆で遊べるブランコ「フレディ」

取材を終えて

近年、「地域で支えるケア」が政策や地域づくりの現場で重要な論点となっています。「地域で支える」といっても医療や福祉の専門家ではない自分に何ができるのかと疑問に思う方も少なくないかもしれません。たしかに、専門的な知識や経験を持たない地域住民が、直接的なケア行為に関与できる領域は限定的なものだと思います。ただ、今回の取材を通じて、田川さんが私たちに期待していることは、決して特別なことではないように感じました。まずは、こどもホスピスのありのままの姿を知ろうとふれてみること。その小さな営みの蓄積が、こどもホスピスを自分たちの誇りとして皆で支える地域の醸成につながっていくのかもしれません。

写真・文=渡邉 武瑠

Information

横浜こどもホスピス うみとそらのおうち

神奈川県横浜市金沢区六浦東1-49-5

https://childrenshospice.yokohama/index.html