生き物が戻ってきた侍従川

人口370万人の横浜市の中で、金沢区は、シーサイドラインが走り産業団地や八景島シーパラダイスなどがある便利で近代的な都市ですが、海で遊んだり⼭を散策したり地域の人たちと温かな交流ができる村としての良さも残した地域です。その金沢区の南部を横切るように一本の川が流れています。朝夷奈切通を源流として平潟湾に注ぐ、わずか4キロ足らずの侍従川です。

Map data ©2022 Google 侍従川

侍従川には「小栗判官と照手姫」という歌舞伎や浄瑠璃として演じられている、中世から伝わる照手姫伝説(※)が残っています。昔は、大道に広がる田んぼの稲を育てるための農業用水やモノを洗う生活用水として使われていましたが、宅地造成が行われて人口が急激に増えた1970年頃には生き物が棲めない悪臭が漂う汚い川になってしまいました。

1970年頃の侍従川
現在の侍従川

この中流域で、川をきれいにして、川の本来の自然を人の手で再生し、生き物たちを呼び戻そうという試みが侍従会の人たちの手で行われました。今では、岸辺がアシやマコモなどの緑で覆われ生き物たちが戻ってきました。カルガモ、カワセミ、ハグロトンボやギンヤンマ、ハゼ、ウナギ、アユなど数十種類の生き物を見ることができるようになりました。源流付近では、おびただしい数のホタルの乱舞を見ることもできます。

秋の侍従川
春の侍従川

活動の始まりは小学校のトンボ池

――侍従会の活動の発端は何ですか?

山田さん:この活動は、大道小学校のトンボ池から始まりました。1992年に大道小学校創立50周年の記念事業として大道の原風景を再現するために池を掘って、子どもたちが生き物とふれあう場所を作ろうという話が持ち上がりました。そこで横浜市環境創造局の環境科学研究所とタイアップして池作りが始まりました。

代表 山田 陽治さん

大道小学校の裏庭には湧き水が出ていて、石油置き場に使っていた壊れかけの倉庫がありました。先生方はもちろんPTA・父兄・地域の人たち約250人で、倉庫の解体、崖の整備や池の掘削などに汗を流しました。父兄の中の工務店の方がユンボを用意してくれるなど、池作りは大規模なボランティア事業となりました。

侍従会の原点 トンボ池

2年間はこのトンボ池を中心に活動を行っていましたが、その後トンボ池のメダカが侍従川に逃げ出し繁殖していることが分かり、拠点を侍従川に移して「ふるさと侍従川に親しむ会」として正式に活動が始まりました。始めは、十数人の中学生による学生部の活動が中心でしたが、その後、小学生のグループとしてジュニア探検クラブができました。

現在も続く、定期的な清掃と生き物とのふれ合い

――侍従会の活動について教えてください。

山田さん:川が汚れていた頃は、川に捨てられた自転車などの粗大ごみを引き上げたり、近隣の小学校に協力していただき、水を浄化するためにアシやマコモを植えるイベントを企画したりして川の再生を行いました。当時、公害が社会問題になっていましたので、エコ・アップ(エコロジカル・スタンダード・アップ=人間の手によって、生き物の生活環境を再生する技術)が注目されていました。1996年にはNHKの取材が入り、「NHKふるさと自然発見『都会の川に生き物たちが戻った』金沢区侍従川」という番組が放映されました。

クリーンアップ
いかだ下り

川がきれいになった現在も、クリーンアップは定期的に行っています。学生部やジュニア探検クラブの子どもたちは、生き物調査、水質調査などが主な活動です。そのほかには、近隣の幼稚園や小学校の子どもたちが川に入って魚とりをする体験学習の指導と子どもたちの見守り、川の源流のホタルの生育環境の整備などを実施しています。毎月、第4日曜日の10時から侍従川の清掃と生き物観察会を行っています。

そのほかに、年間を通して様々なイベントを実施しています。

1月 山で取ったツルで籠作り
2月 ゴカイの産卵見学会
3月 ハゼ類卵塊調査
4月 春の草摘み&野草料理
5月 大道渓谷ゲンジボタル頭数調査
6月 クワガタ観察会
7月 侍従川のいかだ遊び
8月 干潟の鳥観察会
9月 ヤンマとり大会
10月 ハゼ釣り大会
11月 源流の森ハイキング
12月 冬の森探検

侍従会は、生き物が好きな人でしたらどなたでも入会ができます。

ハゼ釣り大会
形の良いハゼに大喜び

侍従会を通して、地域の人とのお付き合いを学んだ

――侍従会に入ったきっかけは何ですか?

佐野さん:もともと生き物には興味がありましたので、私自身が小学1年生のときに近所の友だちのお母さんに誘われて、すぐに入りました。その頃、すでに100人くらいの子どもたちがいて、みんなで侍従川に入ってずっと上流まで歩いて生き物を探したことを今でも覚えています。

副代表 佐野 真吾さん

山田さん:横浜市環境創造局の環境科学研究所の職員に高校の同級生がいまして、大道小学校にトンボ池を作るので参加しないかという話を持ちかけられました。大道小学校は母校でしたので参加することになりました。侍従会が発足した最初から庶務のような仕事もやっていました。

――侍従会の活動をやってきて良かったことは何ですか?

佐野さん:小さい頃からゲンゴロウなどの昆虫が好きで、今は観音崎自然博物館で学芸員として生き物の研究をしていますが、侍従会に入らなかったら、視野の狭いただの昆虫オタクになっていたと思います。学生部の先輩たちに鍛えられて礼儀作法や地域の人たちとお付き合いの重要さ、人とのふれ合いの楽しさを学ぶことができました。今の仕事でも生き物調査を行う時には、地域の人たちの協力は欠かせませんが、そのような地域の人たちとのお付き合いの仕方を小さいうちから身につけられたことは、すごく良かったと思います。

山田さん:小さい子を引き連れて虫取りばかりやっていましたので、侍従会に入っていなかったら、怪しい人と見られていたと思います。侍従会で活動して良かったことは、ここで経験したことをベースにして、NHKのEテレで放送されていた「モリゾー・キッコロ 森へ行こうよ!」などの番組にレギュラー出演できるようになったり、ナチュラリストとして「やまだようじ自然塾」などの活動ができるようになったりしたということです。もう一つは、地域の人の知り合いが増えて、いろいろな話ができるようになったことだと思います。今でも侍従川に行くと声をかけてくれる人がたくさんいます。

自然保護と安全対策の両立

――逆に困ったこと、問題になったことはありませんか?

山田さん:地域の人と侍従会の人の間で、侍従川に対する思いがくい違うことがありました。侍従川は、生き物がたくさんいて良いねとか、自然は大切にしたいねという好意的な声がある反面、それよりも安全対策を優先すべきという意見が大きく取り上げられたことがありました。川が氾濫することを心配して、水を浄化することを目的に植えられたアシをすべて伐採して、川を全面的に浚渫(しゅんせつ:川底の土砂やヘドロなどを取り除くこと)したらどうかという提案もありました。

2021年に神奈川県の治水事務所の専門家の方に入っていただいて、防災という観点で川の安全を考えている地域住民の方たちと侍従会のメンバーとで話し合いを行いました。自然を守ることだけでなく、川の専門家の意見を取り入れて、科学的な見地に立って安全対策を進めるというお話をしました。侍従川の生き物の生育環境を守る自然保護と同時に洪水などの安全対策も進めていくということが共通の認識となったと思っています。今後も、地元の方とは定期的に意見交換を行っていきたいと思っています。

困ったことと言えば、侍従川の上流がコンクリートで固められていて、生き物がほとんど棲めない川になっていることです。何年か前に、魚が棲めるように改善して欲しいと行政に要望を出して理解は示していただきましたが、予算の関係で立ち切れになっています。

コンクリートで固められた侍従川の上流

佐野さん:侍従会の会員の中でも意識やモチベーションの違いから、活動の足並みがそろわないということもありました。よく話し合ってコミュニケーションを密にして、お互いが納得いくように妥協点を見つけていくことが重要だと思っています。

子どもたちがもっと自由に遊べる場所に

――みなさんは、将来的に侍従川がどんな川になったら良いと思っていますか?

山田さん:もっと侍従川をキレイにして、神奈川県の四万十川と呼ばれるくらいの清流にしたいと思っています。金沢区は自然豊かであると言われていて、平潟湾や海の公園、八景島や、野島、朝比奈の森などが有名ですが、川というものは、ほとんどクローズアップされていません。まだまだ、観光資源にするには活動の告知力が弱くて認知度が低いですが、侍従川が有名になり見学者が絶えないくらいになったら良いと思っています。

そもそも、「子どもたちがもう一度遊べる川に」ということから始まっていますので、子どもたちの自然教育の場になってもらいたいと思います。現時点でも、近隣のほとんどの幼稚園や小学校の生徒は侍従川の体験学習に参加していますので、その役割は果たしつつあります。子どもたちが、もっと自由に魚やトンボを捕ることが出来るようになったら良いなあと思っています。

侍従川で夢中になって魚を捕る子どもたち
童心に戻って川に入る大人たち

佐野さん:侍従川は少年時代を過ごした故郷です。将来は侍従川の近くに戻ってきて住みたいと思っています。侍従川が、もっと魅力ある川になれば、人が集まり川を守る人も増えるのではないかと思います。横浜にはたくさん川がありますが、川に入ったり魚を捕ったりできるところが少ないので、侍従川は、子どもたちが自由に入って遊ぶことができる川として残していきたいです。 侍従会の学生部の生き物調査のデータをみますと、侍従川は魚の種類も数も確実に増えています。侍従川は海と森をつなぐパイプ役となっています。海水と真水が混じり合う汽水域ということもありますが、そこを行き来する多彩な生き物を見ることができます。水族館のように楽しんで魚を見ることができる場所になってもらいたいと思います。今でも、ウナギやモクズガニなども海から上がってきますし、ボラ、クロダイ、スズキやアユなどのたくさんの魚影を川の上から見ることができます。

クロダイ
モクズガニ
アユ
ハグロトンボ

これまでの体験や調査を生かした活動に期待

――今後、どのような活動をしていきたいですか?

山田さん:侍従川は地域に密着した川なので、近くの金沢区民の方や流域にお住まいの人たちのファンをもっと増やしていきたいですね。また、30年間も川の調査をやっていますのでデータの蓄積があります。データを整理して論文にまとめ、侍従川の調査研究の成果をアカデミックな分野でも活かしてもらいたいと思います。すでに、ハゼの一種のチチブという魚の生息分布を題材にして卒業論文を書いた侍従会の学生部出身の大学生もいます。

侍従会の夢を語る山田代表

侍従会は、好きな人が好きな時に、好きなことが自発的にできる会にしていきたいと思います。できるだけいろいろな人の意見を取り入れて、しかも、それがバラバラにならないようにまとめることができたらいいなと考えています。侍従会の若いメンバーや侍従川で体験学習を受けた子どもたちから、彼らが考える侍従川の未来や夢の話を聞きたいですね。侍従会が主催して、子どもたちを集めて、侍従川子ども会議のようなものも出来たらいいなと思います。

侍従川には、狐の嫁入りやカマイタチ、金沢猫、カッパ伝説、妖怪などの昔話も残っていますので、侍従川の不思議な話をまとめたら面白いと思います。昭和の子ども時代の体験をまとめた『私が子どもだった頃』という侍従会の会報の記事は、会を運営していく上で貴重な資料になっています。私は、宮沢賢治の「イーハトーブ」という言葉が好きなのですが、それをモジって金沢区の侍従川で「カーネザーワ」という理想郷を作ってみたいなどの妄想もしています。

侍従会の夢を語る佐野副代表

土地の再開発が進み、子どもたちの秘密基地だった里山や原っぱが住宅地になり、子どもたちが外で遊ぶ場所が少なくなっています。でも、時代が変わっても子どもたちの自然に対する好奇心は変わりません。川に入って魚を追いかけている子どもたちの目はキラキラと輝いています。子どもたちのために、昔のように川に入って遊べる自然豊かな侍従川を守り育てていくことが、私たちの役割であると考えています。

侍従川では、春になると平潟湾から上ってきたボラの群れが銀鱗を輝かせて大きな渦を作ります。春にはカルガモが子育てに精を出し、源流ではホタルが飛び交い、ハグロトンボがアシの葉に羽を休めます。秋にはハゼが大きく育ち、川面を泳ぐメダカやアユを狙ってカワセミが飛んできます。このような豊かな自然環境の中で子どもたちが夢中になって魚とりをする風景があります。そんな、ふるさと侍従川を次の世代に伝えていきたいと思っています。

子どもたちが遊ぶ侍従川
カルガモの親子

取材を終えて

侍従川を通りかかりますと、川を眺めている人をよく見かけます。視線の先にはカルガモの親子やボラの大群などがいます。川の生き物を見ながら初対面の人と侍従川談義に花が咲くことがあります。人びとの心をひらき、優しい気持ちにさせてくれる侍従川の役割は大きいのではないかと思います。インタビューの中に、侍従川は森と海をつなぐパイプ役というお話がありましたが、地域の人と人とをつなげるパイプ役にもなっているのではないかと思いました。侍従会の活動の主役は子どもたちです。未来を担っていく子どもたちが大人になった時、この活動を引き継いでくれることを願っています。

金沢八景に残る姫小島
藤沢の遊行寺に眠る照手姫

※ 侍従川に伝わる照手姫伝説

照手姫は藤沢の館で小栗判官の毒殺の企てを見破り命を助けたことで追われる身となり、六浦の「油堤」という場所で川に投げ込まれ千光寺の「身代り観音」に救われました。行方知れずになった照手姫の噂を信じ悲しんだ乳母の侍従が身を投げたという故事から侍従川という名が付いたと言われています。金沢八景の瀬戸橋の近くには、照手姫が松葉いぶしに遭ったと言われている姫小島跡が残っています。

https://www1.fujisawa-kng.ed.jp/kyobun-c/index.cfm/11,3279,68,html

写真・文=廣瀬 隆夫

Information

ふるさと侍従川に親しむ会(侍従会)

活動拠点:横浜市金沢区大道一丁目緑地(旧・ちとせ園)
https://jijyukai.sakura.ne.jp/

この記事について

この記事は、取材の仕方や文章の書き方、写真撮影のコツを学ぶ「金沢区の魅力発見・発信講座」の受講者が、区民目線で実際に取材・執筆したものです。