事業継承で大胆な改革を実施し、ビジネスモデルを大幅に変換

筆者である私は、会社員をしています。「社員の幸せなくして企業の発展はない」と言い切る仲松さんのメッセージを読んだ私は、大松運輸の社員の皆さんが羨ましいなと感じました。金沢区にこんな素敵な考え方を持つ経営者がいて、企業があるんだということをもっと多くの市民の皆さんに知ってほしいと思い、どうして”社員の幸せ”を考えるようになったのか、実際にお話を伺ってみました。


—仲松さんが”社員の幸せ”について、考えるようになったきっかけを教えてください。

仲松さん:私は父から会社を継承し社長に就任しました。トラックがひとりに1台割り当てられて、荷物を配送する回数で収益を得るのが、一般的な運送業のビジネスモデルです。私が社長になったころは社員数約30名で、個人事業主の集団のようでした。社長はドライバーたちを束ねる責任者の役割で、配送に加えて、各種事務処理をするといった一人二役以上をしている中で、私自身がこの仕事を長く続けるのは難しいと気付きました。

大松運輸は、沖縄県が日本に復帰したころ、父が沖縄県から関東にやってきて創業しました。沖縄には、助け合いを表す“ゆいまーる”という方言があります。私は子どものころから、“ゆいまーる”や“お互い様”の精神を大事にする考えのもとで育ってきました。

一般的な企業の様に、総務、人事、経理、営業など各業務の専門部署を作ったり、ドライバーも何があっても安心して休むことができる環境が整えば、社員がケガや病気になって欠員が出ても支え合っていけると考え、建材特化型配送にビジネスモデルを切り替えることにしました。それが軌道に乗り、現在の社員数は約130名です。

私は社員の豊かさが会社の成長につながると考えています。社員が幸せで心と身体に余裕があって初めて最高のパフォーマンスを発揮することができるからです。

大松運輸 代表取締役社長 仲松秀樹さん


幼いころから”ゆいまーる”が意味する助け合いやお互い様精神にふれていたこと、仲松さんご自身が
社長として就任してからのご苦労が原体験となって、現在の大松運輸があることがよくわかりました。
また、配送するものが多岐にわたると、運ぶものを保管する場所の確保が難しく、他社の倉庫を利用するのが一般的だそうです。建材配送に特化することで、運ぶものが限定されるため、自社で倉庫を構えることができるようになります。自社で倉庫を保有することで、配送準備の業務が発生し、従業員同士のコミュニケーションも生まれます。大松運輸をさらに発展させるため、勉強会に参加し、全国の企業を見学しながらいいところを吸収しているという仲松さん。現状に満足せず、どうしたら社員の幸せを実現し、最高のパフォーマンスを発揮してもらえるのかを考えていると教えてくださいました。

創業40周年を機に従業員のアイデアから開始したアスリート採用


—社長の話を聞いて、有賀さんはどのように感じましたか?

有賀さん:私は入社して1カ月(取材時)なこともあり、ビジネスモデルや企業理念の移り変わりについては初めて聞くことばかりでした。私は陸上の短距離選手で就職活動は非常に困難なものでした。大松運輸には、アスリート採用で入社したのですが、働き方が柔軟で非常に助かっています。

—就職活動が困難なのは、競技と仕事の両立が難しく、選手として企業からバックアップしてもらうためには、人数制限があり、非常に狭き門だということですね。御社のアスリート採用とはどのようなものなのでしょうか?

仲松さん:有賀さんのような陸上短距離選手が競技を継続するのは、長距離選手と比較しても狭き門だと言えます。一般的に企業はアスリートを広告の一部として活用する要素が強く、長時間社名が出る長距離選手と比べ、短距離は競技の特性上、一瞬で終わってしまうので、採用する企業が少ない印象を持ちましたし、実際にアスリートや元アスリートに話を聞いてみると困っていることがわかりました。

創業40周年を記念してイベントを検討している中で、採用担当の赤沼平さんがアスリート採用を提案してくれました。赤沼さん自身も元アスリートで就職先を探すのに困った経験を持っていました。

赤沼さん:大松運輸の配送パターンには2種類あります。一つ目は多くの社員が担っている終日配送をするパターン、二つ目は比較的短時間で配送をするパターンです。業務の一つひとつを見える化・言語化することで、短期間で終えることができるものを把握して、現役のアスリートの心と身体に合わせた働き方ができるのではないかと仲松さんに提案しました。少しずつですが、当社の取り組みがアスリートの皆さんに伝わっていて、口コミや紹介で入社する社員も増えています。

—なるほど。ご自身の経験や周囲のアスリートの声を聞き、できることがないかを考え、提案した結果がアスリート採用なんですね。有賀さんの1日のスケジュールを教えてください。

有賀さん:私はユニットバスの配送を担当しています。6時に出社、9時には配送業務を終え、そのまま配送した車両で練習に向かいます。練習を終えたら、帰社して積み荷の業務を行い退勤します。比較的気温が安定している午前中に練習ができること、退勤後に身体の治療をする時間や睡眠を取れることが非常にありがたいです。企業によっては、数年契約や記録更新等の条件下でアスリートを採用する場合もあります。「契約期間内に記録を更新しなければ解雇されるかもしれない」という、プレッシャーを感じる部分があると周囲のアスリート仲間に聞きました。一方で、私は業務と競技に集中することができています。

—入社したばかりとのことですが、引退後も継続して働くことができるのでしょうか?

仲松さん:もちろんです。納得いくまで競技を継続してもらって、引退後はそのまま働いてもらえるように業務をしてもらっています。アスリートもそうでなくても、心と身体に余裕があることで、最高のパフォーマンスを発揮してもらいたいと考えています。 赤沼さん:現役アスリートが注目されることが多いですが、最近は中学校の部活動を指導する元アスリートもいます。将来的には、現役アスリートも引退後のアスリートも競技に関わる活動ができるよう準備を進めていきたいです。

心と身体に余裕があると最高のパフォーマンスを発揮できることを実感


—アスリート社員以外のことも、お伺いしたいです。社内の心理的安全性(組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態)を高めるために意識していらっしゃることがあれば教えてください。

仲松さん:コミュニケーションを取りたいと考えている社員が比較的多いと感じています。私や会社として特別取り組んでいることはありませんが、アットホームな雰囲気を作ることは心がけています。また、“どうすれば部下が働き続けてくれるのか”をマネージャー層には自ら考えるように話しています。会社としては育てた社員が離職するのは痛手であるものの、一番影響を受けるのは残された現場の社員です。自らも心と身体に余裕ができるようにするために、個々ができることを考えてもらうようにしています。

有賀さん:アットホームな雰囲気はあると思います。わからないことがあれば、気兼ねなく先輩や周囲の人に質問することができますし、きちんと教えてくれます。運送業や建築業の業界イメージで不安な部分もありましたが、話してみると優しい人がたくさんいて、いまでは安心して働くことができています。

大松運輸・ユニットバス配送担当兼短距離選手 有賀知春さん


ビジネスモデルを切り替え、アスリート採用を始める等、多様な“社員の幸せ”を考えた働く環境の整備を始めたことで、仲松さんには同業他社をはじめ複数の企業からの講演依頼や、大手メディアからの取材も増えているそうです。

金沢区で働き、金沢区を発展させる


—有賀さんは金沢区出身と伺いました。

有賀さん:私は山が多い地域で育ちましたが、金沢区は山だけではなく、海があり、横浜市の中でも比較的に自然豊かな環境です。私は金沢区が好きです。大松運輸のことはアスリート仲間から聞いて知りました。自転車で通うことができるので、通勤がしやすいことも入社の決め手になりました。

仲松さん:私も金沢区周辺で過ごす時間が長かったので愛着があります。野島海岸や野島公園はランニングするのにちょうどいいですし、もっとスポーツに特化してもいいかもしれないと感じています。地元企業が集まり親子向けのワークショップなどを行う「Aozora Factory」という取り組みに大松運輸も参加しています。地域の皆様とともに、金沢区を盛り上げていきたいと考えています。また、大松運輸は地域で一番の企業を目指しながら、社員に愛され、働き続けたいと思ってもらえる企業にしていきます。

大松運輸外観。自社倉庫を持つことで社員同士の会話が生まれる環境を作っている


仲松さん、有賀さん、赤沼さんは取材をしている間もリラックスしながら、たくさんのお話をしてくださいました。“社員の幸せ”がアスリートでも、そうでなくても、最高のパフォーマンスを発揮する要因になることに加えて、金沢区を盛り上げていくことにもつながっていました。企業やメディアから講演や取材依頼がある理由もわかります。私も自分が務める会社で講演をしてほしいなと感じました。

「未来を考えるのが社長の仕事です」と仲松さんは教えてくれました。どんなに技術が発展しても、世の中が便利になっても、人間関係は継続していきます。どのようにすれば、職場の居心地がよくなるのか・働き続けたいと思ってもらえるのか、誰かに考えてもらうだけではなく、自身ができることは何かを考えてみたくなる取材になりました。大松運輸の皆様、お忙しい業務中にご対応いただき、ありがとうございました。

大松運輸のウェブサイトには、[会社情報]や[事業紹介]と同列に、[働き方]というページがあります。

[働き方]ページでは、若手からベテラン社員までのインタビューに加えて、『徹底討論!おじさん VS 20代若者』と題して、世代の価値観について語り合い理解を深める動画が掲載されています。ドキッとする内容も包み隠さずに発信できることに私は感銘を受けたので、読者の皆様もご覧になってみてください。

写真・文:喜納真里子

Information

株式会社 大松運輸

働き方 | 株式会社 大松運輸

特定非営利活動法人AozoraFactory