「カモミール」は夕方のスーパーからはじまった

ある日の夕方、スーパーで久保さんが買い物をしていると、子ども同士が同じ保育園だったお母さんに呼び止められました。「この間、学校でねー」という話で1時間が経過。また買い物を続けていると、同じ学童保育に通っているお母さんに呼び止められ「この前○○先生がねー」という相談でまた30分。買い物だけだったら30分で終わるはずが、その日は2時間もスーパーにいることになった久保さん。夕飯作りの時間はどこへやら……。そんなことを何度か繰り返し、実は子どもが小学生になると、発達に心配のあるお子さんを育てている親同士、ゆっくり気兼ねせずにおしゃべりできる場がない!と気づいたそうです。

久保さんのダウン症のお嬢さんは現在21歳。そのお嬢さんが産まれてから、誰もがその人らしく生きられる地域を作るために、何かしたいと思っていた久保さん。でも我が子の環境を解決するだけでは何も変わらない。障害があってもなくても悩める保護者はたくさんいる。年齢によって問題となることもいろいろあるし、中学・高校のこと、将来のことも心配。何か話せるような場を作りたい……。

そんな悩みや不安、育児の愚痴などを少しでも吐き出して、お互いに楽になるといいな~という思いから、2010年10月に第一回目の「カモミール」を開催しました。主に釜利谷中学校区や近隣地域の未就学児・小中学生・高校生の親御さん、成人された方の親御さんが参加し、世話役としても地域の方や主任児童委員さんなどいろいろな方が関わっている会だそうです。

「おしゃべり」の現場から

毎月1回、釜利谷地域ケアプラザの一室、10時にその会はオープンします。私も取材で来てみましたが……あれあれ?そんなに人が集まっていません。久保さんを入れて数人だけです。10時を少し過ぎたころ、パラパラとお母さんたちがやってきました。円形に椅子が並べられているので、空いている好きな椅子に座っていきます。10時15分ぐらいでしょうか。久保さんが「じゃあそろそろ始めましょうか~」と言いながら、ゆるりと司会進行を務めます。まずは順番に自己紹介。子どもの学校名、学年、住んでいるところなど、参加者が順番に話していきます。ちょっと緊張しますが、今日のお題で久保さんがみんなの空気を和ませてくれます。例えば「最近のマイブーム」「最近の私のニュース」など。だんだん笑い声も聞こえてきました。

緑に囲まれた釜利谷地域ケアプラザの外観写真
緑に囲まれた釜利谷地域ケアプラザの外観

自己紹介が終わると、ここからが本題です。近況報告や困っていること、悩んでいることなどを聴きあっていきます。まず久保さんが「何かありますか~?」とお母さんたちに聞いていきます。あるお母さんが手を挙げて話し始めました。「いま幼稚園の年長なのですが、小学校は普通級にするか個別支援級にするか迷っています」。それに対して、似たような体験をされたお母さんが話を始めます。

次に手を挙げたお母さんは「家では宿題をなかなかやらないし、こだわりが強くて困っています」「最近学校の行き渋りがすごくて……今日もやっと登校してくれて……」みなさん悩みは尽きないですね。話が盛り上がってくるころには、参加者が10人ぐらいになっていました。

カモミールはただおしゃべりをするだけの会ではありません。同じ悩みを抱えた当事者同士が集まって、お互いに助け合う「ピアサポートグループ」なのです。司会進行をしている久保さんは、参加者に発言を促したり、話の流れをまとめたりするファシリテーターの役割をしています。さらに「カモミールのお約束」というものもあります。「ここだけの話しでお願いします!」「相手の考えを尊重しよう♪」「おしゃべりの時間を分けあって!」のシンプルな3つですが、安心安全の場でスムーズにおしゃべりをするためには、ファシリテーターが設定したこの“グランドルール”(会議、自助グループなどをスムーズに進行するために設定することがあるルール)が重要なのだそうです。

ボランティアルームでカモミール開催中の様子
廊下からのぞいてみると……円形に椅子を並べておしゃべり中、参加者が多い時には円が2つになることも

「ゆるいつながり」がモットー

カモミールの立ち上げ始めは、会を開いても数人しか集まらないこともあったとか。それでも、少人数でも必ず月1回はやろうと、立ち上げメンバーで決めたそうです。口コミで人が人を連れて来てくれて、現在の会員数は70名弱。今はコロナ禍なのでおしゃべりは10時から11時半ぐらいと短時間ですが、出入りは自由、小さなお子さんも一緒に参加できるそうです。無理なく、気張らないところがいいですよね。

参加しているお母さんたちにも聞いてみました。「普段の友達にはあまり話せないけれど、ここでは自分の悩みやモヤモヤを共感してもらえます。自分が楽になれることで家族も和らいでいっています」「世の中には育て方や進路などの情報がちらばっていますが、ここで地域の情報や口コミ情報をもらえるので、自分の考えを整理できるようになりました」「将来が不安でしたが、ここで皆さんのお話を聞いて選択肢や見通しがもてるようになりました」

カモミールを約10年続けて変わってきたことは、お子さんが普通級に在籍している親御さんが増えたこと。カモミールを始めたころは、お子さんが地域の小、中学校の個別支援級に在籍している親御さんが多く、中学卒業後の進路は特別支援学校から福祉事業所に就労する方がほとんどだと久保さんは聞いていました。最近では、乳幼児健診では問題がなかったり経過観察だったりしたお子さんが、小学生になってから困りごとが増え始め、小学校高学年で困りきった頃になって初めて来るような親御さんが増えたと久保さんは話します。中学卒業後は全日制高校や定時制高校、通信制高校などへ進学し、その後は専門学校や大学などを考えているご家庭もあり、進路の選択肢が増えたと感じているそうです。

働くお母さんが増えてきたことも、この10年で変わったことの一つだとか。でも、社会が変わってお母さんが働ける環境になってきても、家では「お母さんが困る」ことは今も変わらず。毎月1回のカモミールに、会社の有休をとって来る方もいるそうです。

円になって話をしているカモミールのメンバー
主任児童委員さんや地域の方も参加してくれており、時には1対1で相談することも

これからも、とにかく続けること

これからカモミールが目指していくことを久保さんにお尋ねしました。「とにかく続けることですね。カモミールがそこにあること。なるべくスタイルを変えず“ゆるくつながる”こと。自分も含め、参加している方も無理なく楽しく続けることです」と、穏やかに久保さんが話を続けます。

「お母さんが焦らないで落ち着いてくれば、子どもは自分で選択肢を探して落ち着いていきます。周りにいる今たいへんなお母さんを連れて来てくれたりもします。一人では難しいけれど、みんながつながっているから助かります。それと、お子さんが安定してくると、カモミールには来なくなるんですね。でもまた困るといらっしゃったりします。思春期などは特にそうです。そのためにも、カモミールをずっと開けていたいと思っています」

久保さん自身はとてもアクティブで、活動の幅を広げています。2019年に設立したダウン症のある人とその家族をサポートする一般社団法人「IKKA」では代表理事を務めるほか、個人事業主として「Lamipas」を起業し、社会福祉士コーチとしても活躍。さらに、NPO法人いーぷらすの就労継続支援B型事業所「のあのあ」でコーディネーターとしても勤務しているそうです。

久保さん自身がこれから目指していくことは何かもお聞きしました。「自分が楽しい状態で、やりたいことをやる。とにかくみんなが、その人のペースでやりたいことをやれていると、みんなが楽しい。結果的に誰かのためになるとなお、よいですよね」。にこやかに話しながらもブレない芯を持っている、そんな久保さんだからこそこの会を10年以上続けられているのだなと確信しました。

ハーブとして知られているカモミール。「あなたを癒す」という花言葉があります。安心する、ほっとする、癒される場を作りたいという願いから、立ち上げメンバーで活動名にこの名前をつけたそうです。またカモミールは耐寒性があり、雨風に耐え、踏まれてもよく育つ生命力の強さに由来して「苦難に耐える」「逆境で生まれる力」という花言葉もあるそうです。久保さん、そしてこの会に参加しているお母さんたちに重ねながら、取材が終わりました。

花のカモミールの写
リンゴのような香りで人々をリラックスさせる効果があるカモミール

写真・文=杉原智子

釜利谷地域ケアプラザ
金沢区釜利谷南2-8-1
045-788-2901
chamomile.kamariya@gmail.com
https://peraichi.com/landing_pages/view/chamomile-kanazawa/

この記事は、取材の仕方や文章の書き方、写真撮影のコツを学ぶ「金沢区の魅力発見・発信講座」の受講者が、区民目線で実際に取材・執筆したものです。